かわいい人

通路の脇に寄って、デオンは端末の画面を覗き込んでいた。
お目当ての情報を見つけすかさずチケットの手配をする。
──これでよし。
そして先に廊下を進む同僚や上司の背を追いかける。
知った背中を見つけトンと肩をぶつけて合図する。
「どうするんだ?」
「チケットが取れたから帰るわ」
デオンの答えを聞いた男は苦笑いをして「新婚は違うな」とからかい気味に言う。
それを聞きつけた別の男が「お、今日は帰るのか?」と声をかけてくるのに頷いた。
会った時にデオンの左手の指輪に気付いて声をかけてきたのは彼だった。
照れくさい部分もあったが、おめでとうメッセージをもらえばそれなりに嬉しい。
建物の外に出て今日の懇親会の幹事を見つける。
駆け寄り、今日は帰る旨を告げれば「新婚だからな」とすんなりと納得してもらえた。
想像もつかなかったが意外と新婚という言葉は切り札として使えるらしい。
まだ時間に余裕があったので、懇親会会場へと足を向けるメンバーに挨拶をしながら見送った。



玄関を開ければ家の中は真っ暗だ。
深夜近くだったし、一泊予定の出張と伝えてあるためデオンを待つことなくルークは眠りについているようだ。
寝室へと足を進めようとしてデオンは足を止めた。
手に持つバッグには着替えも詰まっている。
──だったら・・・。
玄関から一番近い風呂場へと足を向ける。
──シャワーを済ませて着替えてしまった方が早いだろう。
そう判断して、ノブをひねり湯を出してバスルームを温めた。


ざっとタオルで髪の毛を拭き、バスタオルを首にかけたまま廊下を歩いてキッチンへと入る。
冷蔵庫から水のボトルを取り出しながらチラリとシンクを確認する。きれいだ。
──細かいな
我ながらそう思いながら、チラリとゴミ箱を覗いてみれば見知っているベーカーの袋が目に入った。
──とりあえずは食べたようだな
デオンがいないと未だに食べることを忘れる男だ。
半ば無意識に食事をしているかのチェックをしてしまう。
キッチンからリビングへと足を向け、ソファへ腰を下ろす。
腰掛けてしまうと会議と移動での疲れが出てきたようで、ぼうぅとしてきた。
──早く寝よう
はっと我に返り、慌てて髪の毛を乾かす。


寝室ももちろん真っ暗だ。
枕もとの明かりをつける前に、リビングからの明かりを頼りにクローゼットへ足を向ける。
いつものラックからパジャマを取り出し、そっと足を忍ばせて枕もとの明かりをつけた。
ボタンを操作してリビングの明かりを消し──視線が止まった。
デオンの先にはルークが気持ちよさそうに寝ている。
その姿が・・・また・・・。
ルークはデオンのパジャマを着て、デオンの枕にしがみつくようにして眠っていた。
冷静に考えれば、パジャマを手に取って着てみたらデオンのものだったと気付いたが面倒でそのまま来て寝てしまったとか、本をうつ伏せで読んでいるうちにデオンの枕を使って、そのまま眠ってしまったとか──実際にデオンの枕の先に開いたままの本が置いてある──わかるのだが、そんなものは横においておいて、かわいいじゃないか。
いや、30過ぎた男がかわいいと思う段階で浮かれているだろうと自分に突っ込みを入れるくらいの自覚はある。
ほんの短い間にいろんな思いが交錯した。
──とりあえず
今できることを考え、パジャマの袖にて腕を通す。
着終わって、ふと考える。
──さて、どうするか
ルークはデオンの枕にしがみついているくらいで、いつもよりもベッドの真ん中に陣取っている。
それなりの広さのベッドだからルークの両側にはデオンが眠るには多少狭いもののスペースはある。
──背中側のほうが広いな
チラリと思うが、少し面白くない気もする。
──やはり
朝目覚めた時の反応を考えると背中側に潜り込んでも面白くない。
ベッドに足をかけて、抱えられている枕をそっと引っ張る。
ぎゅっ
枕を抜かれまいと反射的にルークが腕に力をこめる。
デオンは一度手を離した。
目が覚められては面白くない。
もう一度、先程よりも更にゆっくりと枕を引っ張る。
「う」
抗議の声とも捉えられるような声をあげて、ルークは枕から腕を放し寝返りと打ちデオンに背中を向けててしまった。
気付いた様子はない。
遠慮なく枕を取りあげて整えなおし、ルークの横へと潜り込む。
ちょんちょんと背中をつつけばくるりと体を返してデオンの方へと転がってくる。
それを抱え込む。
──朝が楽しみだな
そんなことを思いながらデオンは目を閉じた。